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ひともとの百合 ~ 再会 ~

 

 

 

 

こころ弾む音色

今宵もまた アナスターシアが吟じるアリア

 

女性でただ一人と認められた宮廷歌人である彼女は后のお気に入り

ひともとの百合を手に歌うその姿は アルテミスが降臨したかの如く清らだった

 

ギリシア様に仕立てられたオフホワイトのドレスはシンプルなエンパイアラインで

ほんの少しトレーンを引き

彼女の抑揚に沿って揺れるのはとても雅だ

 

デコルテを飾るバロックパールのネックレスはジランドールの光に反射して七色に光り

彼女の白く柔らかな素肌を可憐に演出した

 

 

今宵の演目は ヤコポ・ペーリ作曲『エウリディーチェ』の一幕

現存する世界最古のオペラである

 

初演は1600年

フランス王アンリ4世とマリーア・デ・メディチの婚礼に際し

フィレンチェはピッティ宮殿において演じられた

 

ギリシア神話随一の悲劇だが オペラのラストは麗しい

Complimenti!

 

 

 

アナスターシアは朗々と歌い上げる

夫オルフェオへの切なる想い

不変のこの愛を 地獄の王プルトーネですら打ち砕く事はできない筈と・・・

 

彼女は潤んだ瞳をそっと伏せると クライマックスへと深くブレスした

さぁ ソプラノ・コロラトゥーラよ 歌いなさい!

后もときめかずにはいられなかった

 

 

だが次の瞬間 アナスターシアは声を失った

彼女の喉には劇薬を飲まされたかの如く灼熱の痛みが走り 全身の血が引いてゆく

冷や汗が肌を湿らす

そして伴奏だけが何事もなかったかの様に素通りしていった

 

 

ざわつくサロン

咳払いとため息 同情の目くばせ

后は場を静める為に侍従に何やら耳打ちしている

 

 

その時だ

竪琴を奏でながら 一人の男が歌いはじめた

 

 

最愛の妻エウリディーチェの死を嘆き悲しむテノールのオルフェオ

その逞しく伸びやかな歌声と巧みなリラの音は天井高く響き渡り

アポロンさえも聴き入るかの様ではないか

オーディエンスは真実オルフェオの再来を信じた

 

 

名も知らぬ男は歌う

人々は感動に打ち震えて泣いた

アナスターシアが握りしめた百合も そしてアナスターシアまでもが泣いた

 

彼女の嗚咽は歌となり オルフェオに直く応えた

オルフェオの調べは太陽であり アナスターシアのそれはまさしく月

永き永き 永き時空(とき)を経て 天国の門は漸く開かれたのである

 

 

二人のハーモニーは一つの宇宙であり 一つの生命だった

見つめ合った瞬間 懐かしい温もりが風となって吹き抜けていった

 

 

男は女にひらめきを 女は男に運命を感じる

もう怖くない

 

二人の確信は満場の喝采に迎えられた

 

 

 

ひともとの百合の ひとつの蕾が

開きかけていた・・・・・・・・

 

 

 

category   date 2017.09.01